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ベルに願いを

ソドー島の朝、トビーはナップフォード駅に行くと、トップハム・ハット卿がやってきた。
 
「おはよう、トビー」
「おはようございます、トップハム・ハット卿!」
 
今日は君にブレンダムの港まで行って、七夕祭りで使う道具と笹をウルフステッド城まで持ってきて欲しいんだ」
 
普段あまり聞き慣れないワードが突然出てきたので、トビーは首を傾げてもう一度聞き直す。
 
「承知しました!…えっと…その、〝たなばたまつり″とは何ですか?」
「今日の7月7日は七夕という日本のお祭りで、願いを書いた短冊という小さな紙を、その笹の葉に結んで、お星さまへ届けるお祭りなんだ。ソドー島にも日本の文化を取り入れようと思ってね」
「へぇ…願いを込めた手紙を、お星さまに届けるのか…なんてロマンチックなんだろう!」
「だから君が貨車を牽いている間に、パーシーがヘンリエッタを牽くことになるから頼んだぞ」
「わかりました!早く仕事を終わらせて、ヘンリエッタに素敵な話を教えてあげよう‼︎」
 
トビーは車体番号が7というのもあって、より特別な日だと思い、大好きな客車のヘンリエッタとどんな願い事をしようかとワクワクしながら駅を出発した。
 
 
 
***
 
 
 
ブレンダムの港に着くと、クランキーがハット卿の言っていた祭具や笹を貨車達に下ろしている。
トビーは元気よくクランキーにベルを鳴らして挨拶した。
 
「やぁクランキー!これがその祭りで使う道具と笹なのか…正に日本って感じがするなあ…。今日は七夕っていう星にお願い事をする日なんだって!君の願いはなんだい?」
 
少し夢中になっていると、上から苛ついた声がしてくる。
 
「おいトビー、もたもたしてないで早く運んでくれ。今日は荷物が山程あるんだ。呑気に話してる場合じゃないんだぞ?」
 
それでも子どものように目をキラキラさせて質問をしてくるトビーに対し、クランキーは冷たい態度で答えてあげた。
 
「俺の願いか?そんなくだらないものなんかないな」
「そんな…悲しいこと言わないでくれよ」
 
するとクランキーはドサッと少し乱暴に荷物を置いて、嫌味たらしく答えた。
 
「まぁ強いて言うなら、さっさと機関車達が仕事を終わらせて俺を楽にして欲しいとかか?願いなんてそんな簡単に叶うわけないだろ。現実を見るんだな」
 
荷物の準備が整うのを待っていると、丁度いいところにヒロがやってきた。
トビーはヒロにベルを鳴らして、ヒロも汽笛で返してくる。
 
「やぁヒロ、こんにちは」
「こんにちは、トビー」
 
ヒロは日本出身だから七夕のことをきっと知っているはず。
 
「ねぇヒロ、今日は七夕っていう日本のお祭りなんでしょ?僕はその為の荷物を取りに来たんだ!」
「よく知っているね。でも、中国から日本に伝わったのが元なんだ」
「へぇ…日本で始まったわけじゃないんだね」
「あぁ、そうだよ。短冊に仕事や趣味などが上達しますように、と願うと、ご利益があるんだ」
「わぁ…‼︎流石ヒロはなんでも知ってるんだね!」
「そう言ってもらえると、嬉しいね。けれど、これには少し切ない物語があるんだよ?」
「え、そうなのかい…?」
 
それは、彦星と織姫という、ふたつの星が仲睦まじく夫婦になったが、ふたりが仕事を放置してしまった為、天の川を挟んで引き裂かれてしまい、毎年の7月7日にしか会えない、という物語である…
 
 
まさかの話の展開に信じられず、トビーは思いの外ショックを受けた。
準備が全て完了し、作業員が貨車を繋ぐとトビーはベルを鳴らして発車した。
 
「え…そんな物語があったんだ…」
 
 
 
***
 
 
 
無事にウルフステッド城へ祭具と笹を届けると、また別の荷物を取りに港へと向かって再び出発する。
しかしその後も荷物を運んでいる間中、トビーの頭の中はヘンリエッタのことでいっぱいになり、仕方がなかった。
 
すれ違いでもいいから彼女に会いたい。
もしも彼女に会えたら、少しでも元気になれるのに。
 
 
 
***
 
 
 
城へ向かう途中、トビーは隣の線路で走っているトーマスに会った。
彼は客車のアニーとクララベルを牽いている。どうやらお祭りに来るお客さんを乗せてきたようだ。
向こうから汽笛を鳴らしてトビーに挨拶をする。
 
「やぁ、トビー!」
「…やぁ、トーマス…」
「どうしたんだい?暗い顔して何かあったの?」
 
トーマスに心配されて大きい溜息をついた。
 
「実はね、今日の七夕祭りの物語をヒロから聞いたんだけど、彦星と織姫が引き離されちゃうんだ…」
「え…そ、そんな話があるんだ…。で、そのふたりはどうなっちゃうの?」
「毎年の7月7日だけ再会するんだ…」
「なら離れていても、また会えることには変わりないんでしょ?」
「でも一年に一度きりだよ…」
「うーん…一度きりしか会えなくなるって寂しくて悲しいけど、会えた時の喜びのはきっと大きいんじゃないのかな?」
 
すると、静かにふたりの会話を聞いていたアニーが口を開いた。
 
「ひょっとしてその人たちを、あなたとヘンリエッタに結び付けているんじゃないの?そう思わない?クララベル」
「確かに、私も同じことを思っていたわアニー」
 
思わぬアニーの発言に、トビーは図星を突かれて黙りこくってしまった。
これにはトーマスも申し訳なく思い、慌ててトビーをフォローする。
 
「心配しないでトビー。彼女にはパーシーがついているからさ。仕事が終われば、すぐにでも会えるよ!君は優しいんだね」
「…そっか…その通りだね。ありがとう、トーマス…」
 
トビーは更に落ち込んでしまった。本当はヘンリエッタと一緒に仕事をしたかったからだ。
 
「いいなぁ…トーマスはいつでもアニーとクララベルと一緒だし、パーシーも…今日はヘンリエッタと一緒にいる…」
 
トビーはトーマスのこともパーシーのことも羨ましいと思った。
そしてトーマスと別れる時に、誤って傍の道へと入ってしまった。そこに進んでいくと、なんと過去にトビーが流された場所に出てしまうのだ。
 
「待ってトビー!そっちは危ないんだ!」
 
しかし、トビーはトーマスの注意に耳を傾ける事はなかった。
 
「…もしも、一年に一度しかヘンリエッタに会えないことになったら、僕はもう耐えられないよ…!」
 
あの橋は、修理されても、やはり腐り始めていた為、いつ崩れてもおかしくない状態であった。
橋を渡ろうとした時、ヘンリエッタのような客車が一瞬目の前を通るのを見て、トビーはベルを鳴らした。
 
「へ、ヘンリエッタ…⁉︎」
 
でもその客車はヘンリエッタではなく、彼女の妹のハンナだった。それが分かると尚更悲しくなる。
しかし彼女はトビーのベルの音には気づかなかった。それもそのはず、ジェームスに牽かれていて相変わらずのスピード狂っぷりであったからだ。
ふたりをぼうっと見届けて、ギシギシと軋む音を立てながら橋を渡っていると、後ろの貨車たちがいきなり調子良く歌い始めてトビーを思いっきり押してきたのだ。
 
「笹の葉さらさらガッシャンガッシャン!」
「笹の葉さらさらガッシャンガッシャン!」
「うわぁ‼︎やめてくれぇ‼︎」
 
トビーは一気に貨車たちに容赦なく押されると、ガシャンと大きな音を立た衝撃で橋が崩れてしまい、とうとうまた流される羽目に…
 
「だ、誰か、助けてぇ‼︎」
 
そこへ心配して後を追ってきたトーマスがトビーに向かって叫んだ。

「わぁ、大変だ‼︎トビー、そこで待ってて!今、助けを呼んでくるから!」

幸いトビーは怪我もなく、反対側の辺りに引っかかり、ハロルドとロッキーの活躍によって無事救助され、みんなにお礼を言うとそのままソドー整備工場へと送られた。

***

その夜、ウルフステッド城では、町の子どもたちや機関車たちが七夕の歌を歌いながら盛大に祭りを楽しんでいた。空には花火が打ち上げられている。
トーマスとジェームスとパーシーはどんな願い事をするかで持ちきりだ。
 
「綺麗だね、トーマス」
「そうだね…。パーシーとジェームスはどんなお願い事をしたの?」
「僕は、ずっと綺麗でピカピカでもっと優秀な機関車になることだよ!」
「ジェームス、そんなにお願いしちゃったらお星さまが大変だよ…」
 
ジェームスは自信満々に答えるも、パーシーにダメ出しされる。
 
「それならパーシーは怖がり機関車になりませんようにって頼むのかい?」
「違うよっ‼︎」
rふたりとも喧嘩はよしなよ。せっかくのお祭りなんだからさ」
「そういうトーマスの願いは何なんだい?」
「え、僕?僕は…やっぱり、みんなの役に立つ機関車になりたいな…」
「君らしい願い事だね」
「そういえば、トビーの姿が全く見えないけど、どこ行っちゃったの?」
「事故を起こしたんだって…?心配だなぁ…」
「多分ヘンリエッタと一緒にいると思うから、きっと大丈夫だよ」
 
 
 
***
 


 

その頃トビーはというと、整備工場で修理されたのだが、全く楽しむ気持ちになれず、ひとり機関庫に閉じ籠もっていた。
 
「こんな悲しい物語があるのに、みんな楽しそうにするのは何故だろう」
 
ヒロに聞かされた物語を未だに引きずっていて、七夕祭りというものはトビーにとって理解し難いイベントになってしまった。
眠って次の日を忘れようとするも、やっぱりヘンリエッタのことが気がかりで眠れない。
 
「ヘンリエッタ。君は今、淋しい思いをしていないないかい?」

 夜の風に当たろうとして機関庫から出ると、空に向かってヘンリエッタに問いかける。
今日はハードスケジュールの上に不慮の事故で散々な一日。
トビーは結局彼女に会えないままでいた。
離れ離れの二人がやっと会える日だというのに…
 
 
 
「ヘンリエッタに、会いたい」
 
 
 
感情が込み上げてそっと呟いた時、突然強い風がトビーを襲い、彼のベルを飛ばしてしまったのだ。
 
「あぁ、僕のベルが‼︎」
 
トビーは森中鳴り響くベルの音を頼りに、見失わないように蒸気をいつも以上に泡立たせて猛スピードで走り続けた。
 
「待って!それは僕の大切なベルなんだ!!」
 
トビーがどんなに叫んでも、風は一向に止むことはなく、それどころかベルはどんどん遠くへ行ってしまう。
それでもトビーも負けじと追いかけていった。
 
 
 
***
 
 
 
やがてベルは線路の上に落ち、トビーもやっとの思いで追いついてはゼェハァ息を切らしながら拾うとすると…
 
 
 
 
 
 
                                                  
 
 
 
 
「トビー?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
トビーは女性の呼びかける声に顔を向ける。
 
「…ヘンリエッタ…?」
 
気が付くとヘンリエッタの客車庫の前にいた。
 
「こんなところで何をしているの?」
「え、あっ…えっと…ベルが急に強風で飛ばされてしまったから追いかけていて、見つけたのがたまたまここで、それで…」
 
今までのことを話そうとするが、何から話せばいいのか分からず取り乱してしまい、上手く伝えられないトビーに、ヘンリエッタは優しく話しかけてきた。
 
「トビー、まずは落ち着いてちょうだい?」
「あ…。う、うん…ごめんねヘンリエッタ…。いろいろありすぎて」

彼女のお陰で少し冷静になれたトビーは、ことの次第を全て話した。
勿論、七夕のことも。

「君に会いたくて仕事を早く終わらせようと頑張ってきたけど、あんまり上手くいかなくて、挙げ句の果てに事故まで起こしちゃった…」
「まぁ、そんなことがあったのね…。でも、あなたが無事で本当に良かったわ…」
「…ありがとう。僕、もしヘンリエッタと年に一回しか会えなくなってしまったらって考えてて…」
「うふふ、もうトビーったら…。私はあなたを置いてどこにも行ったりなんてしないわよ?」
「本当かい…?」
「だって、私はあなたの客車だもの。それに、私もどれだけあなたに会いたかったことか…」

 ヘンリエッタの一言で、今までの辛い出来事が不思議と一気に消えていく。
まさかとは思うが、さっきの風は彼女に会わせる為のイタズラだろうか。
 


願いが叶った…?

会話が途切れたところで、ヘンリエッタが空を見上げた。

「ほら見てトビー、星が綺麗よ…」
 
彼女に言われてふと見上げると、これまで感じたことのない、果てしなく広がる空に満天の星。

「本当だ…今までこんな綺麗な夜空は見たことがないや…」
 
星空の下のふたりは、まるで再会を果たした"彦星と織姫"。

「トビーと素敵なものが見られて、私は幸せよ」
「僕もだよ…ヘンリエッタ。僕も幸せ…」
 
トビーはヘンリエッタに微笑みかけると、ベルに思いを込めてチリンと鳴らし、星に向かって願いをかけた。
 
 
どうか、ヘンリエッタといつまでも一緒にいられますように…
 
 
すると一際目立つふたつの星がキラリと輝いた。

end

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