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魔法がとけるまで

みんなは、クリスマスの奇跡や魔法って、信じられる?
 
僕はねーー…
 
 
***
 
 
クリスマスイブの夜。
路面蒸気機関車のトビーは、ひとりアールズデール・エンド駅の機関庫の中で
すやすやと眠っていると、空の方から優しい老人の声がした。
 
「トビー、君はみんなの役に立っているから、クリスマスプレゼントとして、一日だけ人間にしてあげよう…メリークリスマス」
 
 
 
 
***
 
 
 
 
クリスマスの朝、カーテンから漏れた日の光でトビーが目を覚ました。
 
「…うーん朝か…」
 
ムクっと起きて、大きなあくびをしなが伸びをする。
 

…あれ…
なんだか車体(からだ)の様子がおかしい…?
今までとはどうも感覚が違う…
 

それもそのはず。
彼は路面蒸気機関車。
あくびは出来ても、腕が無いから当然伸びなんて出来ないし。
視野もそれなりに広いはずなのに、狭くなったようでその代わりに…
 

…頭が…動く…?
 

いや、それどころじゃない。
"手"も"足"もあるし、これらも自由に動かせる。
 

どうして…?
まさか…
 

トビーはガバッとベッドから飛び起きて鏡代りに反射する自分の顔を恐る恐る見た。

「僕、"人間"になってるっ…⁉︎」

その姿は、焦げ茶色の髪で茶色のベストに黒いズボン、そしてあのベルが首元に黒いリボンで掛かっていた。
 
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!どうしよう、どうしてぇぇ!?機関士が来たらどうすればいいんだぁ!?!?」
 
トビーはパニックになり、ベッドの枕に顔を埋めて足をバタつかせた。
 
「これは夢だ!これは夢だぁ…‼︎」
 
少し経って気を落ち着かせるためか、なんとなくベルを鳴らしてみる。
 
 
チリンチリン・・・
 
 
いつもの音で少し冷静になれた。
 
「…そうだよな。そもそもベッドがある時点でおかしいと思った」
 
今度はもう一度そっと自分の顔を見ては触ってみる。
 
(やっぱり顔は四角寄りなんだね)
 
そして少し頬をつねってみる。
 

痛い。
 

「夢じゃない…本当に、人間になってる…ヘンリエッタが見たらなんて思うんだろ…」
 
いくら理解のあるパートナーのヘンリエッタでも、会ったところで
いきなり"人間の姿のトビー"なんて、流石に信じてくれるわけがない。
びっくりしたショックで嫌われたらどうしよう、とか
逆に、人間のままでいて欲しいと言われてしまったらどうしよう、とか
余計な事ばかり考える。
 
「ひとりで騒いでいても何も解決しないよな…。とりあえず彼女に会って状況を話さないと」
 
トビーはまた意味もなくベルを鳴らしてみた。
 

チリンチリン・・・
 

「そうだ、このベルを鳴らせば、きっとヘンリエッタにもわかっもらえるかもしれない!」
 
元気が出たところで動作にも慣れなくちゃ。

ベッドからゆっくり立ち上がり、全身に、特に"膝"というところに力を入れて片足を一歩前へ出してみる。
そして、もう片方の足も出して進んでみた。
これを繰り返す。
 
 "歩く" ってこういう感じなんだ…
 
いつも機関士や乗客を見ているのもあって割とすぐに慣れた、…けど、まだぎこちなく、まるでノランビー伯爵のブリキの鎧みたい。

とりあえずゆっくり歩いてみたところ、出した手と足が同じということはなかった。
いよいよ外に出る時、震える手をドアノブに掛け、腕を捻って、変に重く感じる扉を押し開けた。
朝の眩しい光に、爽やかな風、そして小鳥達の明るい声…と、いつもと変わらない風景なのに、まるで別世界へ来ているように感じる。
一面に真っ白な毛布をかけたような雪に、ドキドキしながら足を踏み入れた。ザクっとする音に少しびっくりするものの、だんだん楽しくなっていき、歩く速度を上げて、ついに走り出した。
 
「僕、自分の "足" で走っているんだ…!」
 
トビーの目はキラキラと輝いていた。
 
「おっと、流石に線路の上は危ないからダメだね」
 
線路の脇道を走っていると、ふと、見慣れない一人の女性が目に入った。
オレンジのロングスカートに白いウエストエプロン、更に黒いベストを身に纏っていた。
また、髪の毛は紅茶のように赤茶色でふわっとしたロングヘアを片方だけ緩く結んでいる。
トビーは気になったのか、挨拶するようにベルを鳴らして、その女性の方へ向かっていった。
彼女もこっちに気づいて何やら不思議な顔でトビーを見つめた。
 
「や、やぁ。君はこの辺じゃ見かけないね。どこから来たの?」
 
いきなり何を言い出すかと思えば、飛んだ口説き文句だ。
 
「…さぁ。誰かを探していたらここにいたのよ。あなたは?」
 
彼女は俯きつつ照れたように微笑んで答えてくれた。普通ならナンパだと思って逃げるはずなんだけど。
それどころか妙に落ち着いているようにも見える。
 
「誰なのかはっきりしていないのに探している人がいるのかい?」
「ええ…」
「そうか…」
 
自分から声をかけてきたくせに。
トビーは自分自身のことを話そうとするも、一瞬躊躇らってやめた。
お互い口数が少なくて会話が続かない。
 
「僕もそんな感じかもしれない」
「まぁ、あなたも?」
「うん…」
「ねぇ、あなたはこの町に詳しいかしら?」
「え…まぁ、なんとなくだけど…」
「私、あまりこの町を歩いたことがないから、あなたの知ってる所へ連れて行ってくれないかしら?」

トビーは悩んだ。パートナーのヘンリエッタのことが気になってしまったからだ。

「ごめんね、僕には大切なパートナーを待たせてしまっているから」
「彼女のところへ行っても、きっといないわ…」
「え?」
「あ、いいえ。なんでもないわ…」

なんだかとっても意味深長な反論された。
でも、決して悪い人ではなさそうだ。
一応仕事まで時間はまだある。

「じゃぁ、僕で良ければちょっとだけ…」
 
そういえば、"人間"はお金を使って物を売り買いしているのは知っている。
けれど、トビーは元々機関車だからお金なんて、自身が全く使うことはないし、当然持っているはずもない。
ダメ元でズボンのポケットを漁ると、チャリンという金属音がした。ちょうどコインが何枚か入っているのが分かり、ホッとした。
 
僕を人間にした誰かさん、少し都合良すぎじゃない?


***

 
トビーと彼女は遊園地でアイスクリームを買った。
 
「私、アイスクリームなんて食べたことないの」
「思えば僕も久しぶりな気がする」
 
トビーも実は初めて、とは言いたくても、思われたくもなかった。
とりあえず一口舐めてみる。
 
「美味しい…」
 
それは冷たくて甘くて、俗に言う、"恋の味" というものだろうか。
それからふたりでいろんなアトラクションに乗ったり、お店を見たり、なんだかデートしている気分。
 
僕にはヘンリエッタがいるのに、名前も正体も知らない彼女と楽しんでいる。
ヘンリエッタは大丈夫かな…
心配してないかな…

でも…
 
彼女が子供のように無邪気な顔で楽しんでいる中、トビーの心は揺れ動いていた。

 
***
 
 
そうしているうちに時間はあっという間に過ぎていて、ふたりは近くのベンチに腰を掛けている。
 
「不思議ね…あなたとは初対面なのに、どこかで会っていたような気がするの」
「…実は僕もだったり」
「え…」
「ねぇ、今更だけど、君の名前を教えてよ」
 
彼女は寂しそうな顔をした。
 
「…そうしたいけれど、また今度にしましょう」
「どうしてだい?」
「名前を言ってしまえば、きっとあなたにもう二度と会えないような気がするから…」
 
まるで映画にありそうな、少し大袈裟な台詞。
でも、その目は至って真剣。
 
君は本当に不思議な人だな…
 
「…そうか。じゃあ、僕も敢えて名乗らないでおくよ。それでもし本当に会えなくなったらお互い悲しいもんね」
 
それ以前に、お互い記憶から消えてしまったら…?
 
トビーはまた余計なことを考えて、自分の茶色のベストをギュッと握った。
 
冷たい風が吹き、時計塔の鐘が夕方の5時を知らせると、彼女は静かに立ち上がった。
 
「そろそろ行かなきゃ…」
「そうだね。君と過ごして楽しかったよ」
「ええ、私もよ…」
 
もっと彼女のことを知りたい。
 
「…また明日、会えるかい?」
「多分。きっと…あの場所まで迎えに来てちょうだい」
 
"あの場所"と言われても、分からないのに頭を縦に振ってしまった。
トビーは名残惜しむも、微笑んで彼女に別れを告げる。
そして、悲しそうに立ち去る彼女の後ろ姿にー…
 
 

あぁ…
もし、君が、"ヘンリエッタ" だったら…
 


「待って…」
 
トビーは彼女の手を握って優しく抱きしめた。
 
「…っ!」
「…ごめんね…後悔したくなくて、つい…」
 
トビーの震える大きな背中に、そっと触れる小さな白い手。
 
「…私も…あなたにこうやって、抱きしめて欲しかったの…ずっと…ずっと前から…」
 
彼女は涙を流して幸せそうに微笑み、そのまま唇が触れ合った。
寒い季節に感じるぬくもり。
トビーは生まれて初めて、こんなに幸せで残酷な "世界" を味わった。
 

 

さようなら…
 
 

 
 
 
 トビーの頬には一筋の涙が伝い、空から舞い落ちる小さな光と一緒に溶けようとしていた。


***


翌日、トビーは元の路面蒸気機関車に戻っていた。
感覚を取り戻しつつ、いつものようにヘンリエッタを客車庫まで迎えに行くと、彼女は浮かない顔をしていた。
 
「どうしたんだい?ヘンリエッタ」
「…実は昨日、不思議な夢を見ていたの」
「嫌な夢でも見たのかい?」
 
ヘンリエッタは少し戸惑う。
 
「いいえ…信じられないかもしれないけれど、私が"人間"になってトビーを探す夢を見たの…だけれど、そこにいたのは、ひとりの男性で、それから…」
 

トクンっ…
 

トビーは耳を疑った。

まさか彼女も同じ夢を…?
いや、もしかして…
 
トビーは静かに微笑んだ。
 
「奇遇だね。僕も同じような夢を見ていたんだ…遊園地で初めて食べたアイスクリーム、美味しかったよね?」
 
ヘンリエッタは驚きを隠せなかった。
トビーは、出会った一人の女性とその遊園地の話をした。
 
「あの日、あの場所で会ったの…」
「君だったんだね…ヘンリエッタ」
 
そしてトビーは、そっとベルを鳴らしてみる。
 
 
チリンチリン…
 
 
「…やっぱり、あなただったのね…トビー。あなたのベルの音でもしかしたらって…」
「ははっ、名前を言わなくて正解だったかもね」
「ええ。またあなたとこうして会えたんだもの…」
「やっと君の名前が呼べる…ヘンリエッタ」
「そうね、トビー…」
 
どんな姿になろうとも、彼女と何度でも巡り合いたい。
トビーはヘンリエッタを連結し、またベルを鳴らして仕事へ向かった。

 

 

end

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