風波に消えた星
ビッグシティにも刑務所がある。そこには盗みや密輸などを犯した罪人たちが捕まっている所だ。しかし港から近いため、海風で少し錆び付いて脆くなっていた。おまけに薄暗い警備も少ない。
そんな草木も眠った夜。牢屋の中で何やらブツブツと低い独り言が聞こえてくる。その声はあの悪名高きジョニー・キューバ。かつて〝ギャング〟と呼ばれていたが今は逮捕されていた。刑務官がその声を聞いて注意した。
「おいそこ、何やってんだ。もう就寝時間は過ぎてるぞ」
「俺様に向かって指図するんじゃねぇ…誰だと思ってんだ。眠るのはてめぇの方だぜ!」
ジョニー・キューバは叫んで刑務官を殴ると檻をものともせず簡単に壊して脱獄してしまったのだ。
***
翌朝、ビッグシティの港でスター船隊とゼット船隊が久しぶりに朝礼に集まった。
こんなことは海賊船の事件以来であるためみんなは困惑している。時間になるとキャプテン・スターが挨拶をする。
「おはよう諸君。今朝早くから集まってもらったのは他でもない。緊急事態が発生した。これはスターとゼットに関わる重要な事だ。詳細はキャプテン・ゼロから話すからよく聞くんだ。どうぞキャプテン・ゼロ」
キャプテン・ゼロがいつにも増して険しい口調で警告をした。
「野郎ども、以前騒ぎになったジョニー・キューバが脱獄したという情報だ。奴に関わったら生きて帰れるか分からねぇ。何としてでもこの港に入れてくれるな‼︎」
辺りは騒然となる。中でも一番ショックを受けていたのがゼット船隊のゼベデーだ。
「ジョニー・キューバが脱走しただと⁈そんな馬鹿な…」
彼は前にハーキュリーと協力して逮捕したのであるから尚のこと落ち着きがなかった。
***
ゼベデーはその後も仕事が手に付かない。今日も重たそうな荷物を四台の艀に載せて運んでいると知らない間に一台が離れてしまったのだ。偶然にもそこを通りかかったテンセンツとサンシャインが見つけると慌ててポーポーと汽笛を鳴らす。ようやく彼は振り向いた。
「テンセンツとサンシャインか。何の用だ?悪いが俺は今忙しくて構っていられねぇんだ」
「やぁゼベデー、また艀が離れているぞ?」「もしかして気が付かなかったデスか?」
ゼベデーはぎょっとして後ろを確認すると呆れて大きな溜息をついた。
「またか。勘弁してくれよ…」
テンセンツとサンシャインは離れた艀を元の位置まで牽いてくると少し強めに押さえつけてくれた。
「さ、押さえててやるから今のうちに繋ぎ直してくれよ」
「ってか、お前らは俺と一緒にいても平気なのか?」
困惑したゼベデーは艀を繋ぎながら素朴な疑問を彼らにぶつけてみる。
「平気って何がだい?」
「別に気にしたことないデス」
それを聞いて益々困惑する。
「今更何を言うかと思えば…オレたちはただ協力しているだけだって」
「そうデス。困っているタッグスがいたら助けないとってね!」
確かに前も同じことが起きて助けてもらった。あの時の感謝の気持ちは勿論忘れてはいない。しかし敵同士。以前ほどでもないが、やっぱり理解しがたい部分もある。
「それにしても大変なことになったな」
「ボクも信じられないデス…」
心配そうに今朝のジョニー・キューバの話題を持ちかけられた。
「え?…あぁ、まぁなんとかなるだろ」
ゼベデー自身もどうすればいいのかわからず生返事をしてしまい、気がつけばロープも縛り終えていた。
「じゃあな。テンセンツにサンシャイン。助けてくれてありがとよ」
ゼベデーは彼らにお礼を言うとボーっと低い汽笛を3回鳴らしてその場から立ち去った。
「やれやれ…厄介なことにならなけりゃ良いが…」
しかし、ゼベデーのその一言が今後大きな事件に繋がるとは誰も予想していなかったのだ。
***
その夜、ゼベデーは全く眠れずにいた。布団を頭まで被ってみたり、目を瞑って無理やり寝ようと試みるもダメだった。気を紛らわせるために夜風に当たることにしてベッドから起き上がるといつものジャケットに着替える。部屋を出ようとふとテーブルの上に無造作に置かれていた小ぶりのナイフが目に留まる。最悪何かあってもいいようにズボンのポケットにそっと入れた。
外へ出ると小さなカンテラの明かりが不安を煽る闇夜をゆらゆらと照らしている。それを頼りに桟橋へと向かって歩いた。昼間の賑やかさとは打って変わってすっかり寝静まっている。桟橋へ着くと前屈みで手すりにもたれかかるとフッとため息をついた。寄せては返す波の音、海風に吹かれて肌に刺さる心地よい感覚。こんなにも穏やかな気持ちになったのはいつぶりだろうか。そんなことを思っていた。
物思いに耽っていると、暗闇から若い男の声が聞えてきた。
「ゼベデー?」
その声はテンセンツだとすぐにわかった。
「なんだテンセンツか。驚かすんじゃねぇ。心臓に悪ぃだろ?」
「ハハ…済まない。そんな気はなかったんだ。あんたが心配で眠れなくてね」
ゼベデーは一瞬ムッとするもどこか安堵して複雑な気持ち。
気まずい沈黙にテンセンツが静寂を破く。
「ゼベデー、もしかして今回の件でひとりで何か背負ってないかい?」
「な、何言ってんだ。そんなこたぁねーぜ?たまにはひとりで静かな夜の港をゆっくり堪能したかっただけだ」
ゼベデーはテンセンツに誤魔化すも図星を突かれてしまった。
「なぁゼベデー、オレは何があってもゼベデーを絶対助けるから」
テンセンツの発言にキョトン顔。前の嵐の日も、テンセンツは『困った時はお互い様。スターもゼットも関係ない。』と言っていたのを思い出し深いため息をつくと照れ臭くなったのか帽子を目深に被り、テンセンツの頭を軽くポンポン撫でた。
「参ったな。お前には敵わねえよ。ま、その時ゃ頼んだよ」
「ハハっ、もちろんさ」
ゼベデーは小さくはにかむとテンセンツもニっと微笑み返した。ちょうど会話も途切れたところでゼベデーが切り出す。
「そろそろこの辺にしておきな。あまり長居しているとキャプテンに怒鳴られて面倒になっちまうぜ」
「わかったよ。おやすみゼベデー」
テンセンツが別れを告げるとゼベデーはまたひとりでぼんやり水平線を眺めていた。すると不自然に停まっている貨物船のような大きな船に気が付く。
「なんだ?あの船」
いつ入った?誰が入れた?けれどタッグスが一隻もいる気配は無い。曳船なしのドック入りは法律違反であるため注意をしに向かう。
「おい、そこの船!こんな夜更けに勝手に港に入るんじゃねぇ!タッグス無しじゃしょっぴかれるぞ!」
そう言ったところでどうせまたイージー・ゴメスが無断で港に入ったんだろうと思ったその瞬間。ゼベデーは突然激しい動悸に襲われた。イージーとはまるで違う雰囲気に冷や汗をかき、ハァハァと段々呼吸も荒くなる。
そして怪しい船から錆びたようなボロボロのネイビー色のコートを着た大柄な男がひとり、コツコツと革靴の音を鳴らして現れた。
「久しぶりだなゼベデー。暫く見ねぇうちに随分と偉くなったじゃねぇか?」
彼はなんとジョニー・キューバだったのだ。朝礼でキャプテンたちが警告していたことが本当に起きてしまった。それもまたあの時と同じ一対一で。恐らくそれを狙っていたんだろう。
「な、…んでだ?ジョニー・キューバ…!」
「なんでかって?お前とゼロに会いたかったからさ。特にお前にはたっぷり礼をしたくてな」
ドスの効いた低い声に、あまりにも恐怖でゼベデーの奥歯はガタガタと震え出し、ゾワっと身も毛もよだち、ついに何も答えられなくなってしまった。ジョニー・キューバは何かを思い出した。
「そうだお前に良いものを見せてやる」
ボロボロのコートをひる返すとゼべデーは後ろにあるものを見た途端血の気が引いた。
「て、テンセンツ…?」
そこにはさっきまで一緒にいたはずのテンセンツが両腕をロープで締められて意識もなく倒れていたのだ。
「ジョニー・キューバ…てめぇ‼︎」
ゼベデーは怒りに任せてポケットからナイフをバッと出してジョニー・キューバに立ち向かおうとした。しかし呆気なく胸ぐらを掴まれてナイフをカランと落としてしまったのだ。
「おいおいゼベデー、いいのか?ここで騒ぐとお前ぇがこいつとつるんでいた事がバレちまうだろ?」
「グッ……卑怯な…」
一瞬怯んだ隙にとうとうゼベデーは思いっきり蹴飛ばされて手すりに頭を打ってしまった。
「よせ…ジョニー…!」
ゼベデーは意識朦朧の中ジョニー・キューバを捕まえようとするも遅かった。目の前にいた密輸船も無くテンセンツはジョニー・キューバに誘拐されてしまったのだ。
「嘘だろ…テンセンツ…テンセンツっ…。クソぉ…ちくしょぉぉぉ‼︎」
何もかも全部自分のせいだ。テンセンツを巻き込んでしまった。そう心の底から叫んでも彼の声は返ってくる気配もない。
ゼベデーの嘆きは虚しくもビッグシティに吹かれる強風と荒れる波の音で掻き消された。
***
翌朝、その情報はすぐ皆に行き届き、スター船体が慌てふためいている。
「ゼベデー、どういうことだ?」
「全くアンタには呆れたよ」
「やっぱりゼット船隊は信用出来ないねぇ」
「スターの皆には申し訳ないと思ってる…責任持って俺がテンセンツを助けに行く」
ゼベデーは腹を割って昨晩起こった事件のことを全て話して謝罪したが案の定スター船隊のみんなはショック。
キャプテン・ゼロも怒り心頭で怒鳴り散らした。敵であるスター船隊と、それも夜中にひっそり会っていたのだから当然のことだ。ゼベデー自身もゼット船隊どころか、このビッグシティから追放されるのを覚悟をしていた。ゼベデーがテンセンツを助けに行く準備をしているとゾランとジップがちょっかいをかけてきた。
「ゼベデー、別にあいつの事なんかいいだろ?」
「そうだぜ?スターの奴と絡んでたら怒られるのはゼベデーだよ?」
ジップも助言する。
「分かってるさ。だがあんたらはジョニーの恐ろしさを知らねぇだろ? キャプテン・ゼロに怒鳴られてでも俺は…テンセンツを助けに行く」
「ケッ、あの嵐の時からお前は頭がおかしくなっちまったんか?!このバカが。…もう勝手にしろぃ!!」
ゾランは何を言っても聞かないゼベデーを突き放して機嫌を取ろうとジップもその場を去って行った。そのすれ違いで相棒のザクがやって来た。
「なぁゼベデー、本当に行っちまうのか?」
ザクがゼベデーに静かに問いかける。他のメンバーとは違ってザクは唯一話が合う。だからこそ本音で答えた。
「あぁザク。ただ勘違いしてくれるな。別に俺はスターと手を組んだり仲良しなんかじゃねぇ。テンセンツに借りがあるだけだ。それに今度こそ、奴と決着をつけなきゃならねぇんだ。これも、キャプテン・ゼロのためだ」
「…俺は何も言わねぇぜ。ゼブ」
「すまねぇ、ザク」
ザクは帽子を被り直すと振り返らずに立ち去った。ゼベデーは後悔しないように相棒の背中が見えなくなるまで静かに見送った。
ようやく予備の石炭も積み終わってタグボートに飛び乗るとなんとビッグマックとサンシャインが駆けつけきたのだ。
いくら敵であってもあの嵐の中でプリンセス・アリス号のドック入りを助けてくれたゼベデーなのだから信じていたのだ。
「ゼベデー、俺も行くぞ!」
「ぼ、ボクもテンセンツを助けに行くデス‼︎」
「ビッグマック、サンシャイン⁉︎」
ゼベデーはふたりの言葉に唇を噛み締めるも静かに首を横に振った。
「…ダメだ。あんたらの気持ちはとてもありがてぇが、こればかりは俺だけで行かせてくれ」
「なんだとゼベデー。テンセンツが危ない目に合ってるというのに、港に残ってのこのこ仕事しながら待てと言うのかね?それとも俺たちがいるとまたキャプテン・ゼロに怒鳴られるからか?」
「違う!俺は単にあんたらの傷つく姿を見たくねぇだけなんだ!…あのパトロールボートだって、当たりどころが悪けりゃあと一歩で危なかったんだ。だから俺は…もうこれ以上、犠牲を出したくねぇんだ…ビッグマック。すまねぇ…頼む」
ゼベデーは深々頭を下げるとその姿にビッグマックとサンシャインは驚いた。
流石のビッグマックも言い返せなかった。そうこうしてる間にテンセンツの身の危険を感じ、ゼベデーを信じて全て託すことに決心した。
「…そうか、そこまで言うなら仕方がない。あんたが決めたことだ。スターの我々が口を出すことじゃあない。だがなゼベデー、これだけは言わせてもらうぞ。絶対に無茶だけはするなよ?それと、必ず"ふたり"で帰ってくるんだぞ?このビッグシティの港に」
「ありがとよ、ビッグマック…」
「ゼベデー、テンセンツのことをお願いしますデス」
「…キャプテン・ゼロには黙ってろよ?」
ゼベデーはそれだけ言うと、ふたりを残して猛スピードでテンセンツを探しにビッグシティを後にした。
***
所変わってここはジョニー・キューバのボロいアジト。テンセンツは目を覚まして周りを見渡すと知らない場所にいる。
「…ここはどこだ?」
昨夜はゼベデーと一緒にいて別れを交わしたところまでは覚えている。しかし、その後の記憶が無い。思い出そうとするとそれを邪魔するようにジョニー・キューバが話しかけてくる。
「やっとお目覚めかい?テンセンツ」
テンセンツはハッとして彼がジョニー・キューバと分かると逃げ出そうと試みるが両腕をロープで縛られていたため思うように動くことが出来なかった。
「あんたの噂を知ってるさ。極悪非道のギャングだってね。何故そんなことをするんだ⁉︎」
テンセンツの問いかけにジョニー・キューバはニヤッと不敵な笑みで答える。
「簡単な事だ。関係ないタッグスを攫っちまえばゼロが黙ってねぇだろ?特にゼベデーなんか尚更だ。関わっちゃいけねぇスターのお前が好都合だった訳だ」
「なんだって⁉︎」
テンセンツは青ざめるも必死に抵抗をするが、縛られて力が入らずバランスを崩してとうとうベッドに仰向けに倒れてしまった。
「コラコラ、そう暴れるんじゃねぇ。ケガでもしたらどうすんだ?」
ジョニー・キューバはテンセンツが動けないように馬乗りすると大きな手で彼の頬を掴んだ。
「な、なんだよ…」
「お前、いい顔しているなぁ」
テンセンツはジョニー・キューバに気に入られてしまい、その一言でゴクリと生唾を飲んだ。
「特にその目付きといい身体といい、ゼベデーも気に入るわけだ」
「何言って…」
さっきから何を言っているのか理解出来ない。そう思った時、ジョニー・キューバはテンセンツの身体を触り始めたのだ。
「これを見たらゼベデーはなんて言うか?」
「よ、よせ!やめろ…気持ち悪い…」
ジョニー・キューバのゴツゴツとした太い指の腹がテンセンツの柔らかな肌を撫でる。
その感覚に思わず虫唾が走る。
「嫌だ…助けて…ゼベデー!!」
とうとうテンセンツは恐怖でゼベデーの名前を泣き叫んだ。
「可哀想に。どんなに叫んだって無駄だぜ?」
「そなことない。ゼベデーは必ず来るさ!」
テンセンツはジョニー・キューバに思いっきり頭突きをすると当たりどころが悪かったのか彼の鼻から血が出ていた。
「いい度胸してるじゃねぇか。このジョニー・キューバ様に歯向かうとは。ますます気に入ったぜ」
ジョニー・キューバは鼻血を袖で拭うと、もう片方の手がテンセンツのセーラー服の中に入ろうとした。
「待たせたな、テンセンツ!」
なんとゼベデーが部屋のドアをバンッと蹴り破って入ってきたのだ。ゼベデーは服のはだけたテンセンツを見るとジョニー・キューバを睨みつけた。
「よくもテンセンツを傷つけたな」
「何言ってんだゼベデー、…いや、"ゼビー"と呼んだ方がいいか?」
「やめろ。俺をその名で呼ぶな」
ジョニー・キューバは睨み返す。
「過去にテメェがしたことを忘れたのか」
「それはこっちのセリフだジョニー。お前なんか仲間でも何でもねぇ!!」
ゼベデーはジョニー・キューバを突き飛ばすと壁に頭を打ち付けた衝撃で怯み座り込んだ。その隙にテンセンツを抱き起こしてナイフでロープを切ってあげるとテンセンツはゼベデーの顔を見た途端、安心したのか一気に感情が込み上げて泣きながら抱きついた。
「あぁ…ゼベデー、助けに来てくれてありがとう…オレが助けるって言ったのに…」
「もう大丈夫だぜ。そんなの気にしなくていい。それよりもさっさとここを出るぞ」
ジョニーはすっと立ち上がり、バレットナイフを出しゼベデーの背中に向かって襲いかかろうとした。
「ヒヒ…ここで感動の再会か?涙のお別れにしてやる!」
「ゼベデー、後ろ!」
テンセンツが叫んだ瞬間、ゼベデーは右腕を横に振りかざすように出すとジョニー・キューバのナイフがドスッと深く刺さる。
「…てんめぇ…何しやがる」
ゼベデーは自らグッとナイフを引き抜くとドクドクと大量の血が溢れ出した。
「裏切りには粛清だ」
「キャプテン・ゼロから聞いたぜ。裏切るも何も最初からあんたのやり方にはうんざりしていたってな」
ゼベデーも腕から伝わる激痛を抑えながらもナイフをチャキッと出した。
「どうやら決着をつける時が来たようだなゼビー?お前を生かしておく訳にはいかねえ」
「望むところだ、ジョニー」
ジョニー・キューバは血塗れのナイフを拾うや否やゼベデーに襲いかかった。ゼベデーも必死に交わしてナイフを突きつける。しかし傷が思った以上に深く、激痛が邪魔して思うように攻撃出来ず、とうとう崖っぷちまで追い詰められてしまった。下を見れば瓦礫の山。一歩踏み外せば生きては帰れないだろう。前を向けば今にも飛び掛かりそうな飢えた狼のような目とギシギシと足音が近づいてくる。もう後退りは出来ない。
「俺がテメェらに捕まった後、仲間がどんどんいなくなった。どうしてくれるんだ!」
「そんなの知ったこっちゃねぇ‼︎全部お前がやらかしたことじゃねぇか‼︎」
「口答えするんじゃねぇ…テメェだけはタダじゃ置かねぇ…ゼベデー!!」
ふたりの声とナイフのぶつかり合う金属音がアジト中に響き渡る。流石に危険を感じたテンセンツがゼベデーを止めた。
「もうよせ、ゼベデー!!あんたも身がもたない‼︎」
「口出しするなテンセンツ。これは最後の戦いなんだ!!」
ジョニー・キューバはゼベデーにとどめを刺そうとしたが、その不気味なまなざしはついにテンセンツの方へ向いてしまった。
「本当はゼロに会いたかったがまぁいい。ちょうど獲物がふたりもいるもんな?」
テンセンツは恐怖で足が思うように動けないどころか骨が抜けたように膝が地面にくっついてしまったのだ。それを見逃していないゼベデーはジョニー・キューバに刺激を与えないように向かって叫んだ。
「テンセンツにだけは手を出すなジョニー。今の相手は俺だぜ。俺を殺してからにしろ!」
ジョニー・キューバは一瞬考えた。どのおみちゼベデーはもう後がない。どっちからやってもどうせ同じことだと。
「…そうだな。ゼベデーにたっぷりお見舞いしてからのお楽しみにするか」
「…誰か呼ばなきゃ…そうだ…キャプテンに言わなきゃ…ビッグマックに伝えなきゃ…」
ジョニー・キューバがゼベデーに振り返った隙にテンセンツがゆっくり立った瞬間、雑に置かれていたオイルや石炭にぶつかってしまい、落とした衝撃で乾燥している床から火がバッと広がり一気に炎の海になってしまったのだ。
「うわっ…あぁ…どうしよう…」
「テンセンツ…!」
「これはこれは最後の舞台にふさわしいな!?これで終わりだ。ゼベデー!!」
テンセンツは何を思ったのかパニックになってジョーニー・キューバに突進してそのまま崖に突き落とした。ゼベデーは反射的に避けらたから無事ではあったが、ジョニー・キューバは断末魔の叫びと共に燃え盛る炎へと落ちていく。
「やっと…終わったのか…」
ゼベデーは低い叫び声が消えていくのがわかると全身の力が抜けてその場で崩れ落ちる。テンセンツはゼベデーに駆け寄ると彼は意識朦朧としていた。
「ゼベデー、大丈夫か⁉︎ゼベデー‼︎」
テンセンツは名前を呼ぶとゼベデーは微かな声で答えた。
「大声を出すな…俺は、もうダメだ。お前だけでも逃げろ…」
「何言ってんだよ。あんたを置いていくわけにいかないだろ?」
テンセンツは自分のセーラー服のスカーフを外してゼベデーの腕を止血すると左腕をテンセンツの右肩に回して急ぎ足で歩き出す。
「ゼベデー、しっかり捕まるんだ」
ゼベデーのタグボートに乗ったテンセンツは彼を座らせるも、傷が深いせいで血は止まらず床一面赤黒く染まっていった。呼吸もどんどん浅くなっていく。
「オレがゼベデーを守るって言ったのに…ゼベデー、お願い…どうか間に合ってくれ…」
テンセンツは悔しい思いで目から涙が溢れていた。
***
予備の石炭もギリギリのところでようやくビッグシティが見えてくると、テンセンツがゼベデーの汽笛をボーっと三回鳴らした。するとサンシャインが汽笛に気づく。
「…この汽笛は、ゼベデー?!」
一緒に働いているビッグマックに伝える。
「テンセンツとゼベデーか帰ってきたか?!よしサンシャイン、みんなに知らせて迎えに行くぞ」
「はいデス!」
そう言うとみんなは急いで港に向かった。みんなはテンセンツの無事を喜ぶ中、サンシャインは違和感に気づいた。
「おかしいデス…どうしてテンセンツしかいないデスか?ゼベデーのタグボートなのに…」
知らせを聞いて真っ先に駆けつけたゾランが叫ぶ。
「なんだと⁉︎ゼベデーはどうした?!」
みんなはハッとしてゼベデーのタグボートを操舵しているのがテンセンツしか居ないことにも気づいた。
「まさか…ゼベデー…」
「馬鹿言え、奴はそんなんでくたばったりしねぇ」
サンシャインが言いかけるがゾランは否定する。しかし不安は隠せなかった。
ゼベデーのタグボートが完全に停ると、テンセンツはぐったりしたゼベデーを抱えて前に出てきたゾラン達に引き渡す。
「ゼベデー大丈夫かい!!」
「しっかりしろよゼベデー!!」
「おい、ゼベデーおい起きろよ!ゼブ!!」
仲間のズグとジップ、そしてザクも変わり果てたゼベデーに必死で呼びかけたが。虫の息で返事をするのも難しい状態てある。
「無茶しやがってこのバカが…」
ゾランはそう呟いて立ち去った後、ハーキュリーがテンセンツに駆け寄る。
「テンセンツ!よく戻ってこれた。…奴は、ジョニー・キューバはどうした?」
「…あいつは、火の海に消えていってそれっきりだ…」
「そうか…」
テンセンツもスター船隊達に付き添ってゼット船隊達と病院ヘ行き、手当を受けた。 テンセンツとゼベデーはそれぞれ3ヶ月の休みをもらった。あのキャプテン・ゼロもゼベデーのことが心配で怒鳴るどころじゃなかった。
***
病院で治療を受けたテンセンツとゼベデー。テンセンツは徐々に回復しているが、ゼベデーだけは一向に目を覚ます気配がない。不安でテンセンツはゼベデーにずっと付きっきりでいる。それを心配そうに見守るのはサンシャインとビッグマック。
「もう一週間経つっていうのに…あれじゃあこっちも気の毒でしょうがない…」
「ボク、ふたりの様子を見に行くデス」
「いや待てサンシャイン、今はそっとしといてやれ」
病室へ入ろうとするサンシャインは、ビッグマックに肩を優しくポンと置かれると何かを察して静かに頷き、一緒に病院を後にした。
***
数時間後、ゼベデーはようやく目を覚ました。しかし傷の痛みはまだ残っていたため、まだ動けない。
「…痛っ…ここは、病院?…そうか俺は助かったのか…」
ふと目をやると傍に突っ伏して寝ているテンセンツに気がつく。ゼベデーは小さく微笑んでやれやれとため息をついた。
「こんな俺なんかのために…ったくお前ってやつは本当にバカだな…また借りが出来ちまったじゃねぇか…。ありがとよ、テンセンツ」
ゼベデーはテンセンツの頭をそっと撫でた。
END